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MY WAY ~私の歩んできた道~

2019年7月号 No.346

-生涯を地域医療に-

社会医療法人関愛会 会長(こうざきクリニック院長)

長松 宜哉(4回シリーズ:その3)

佐賀関町立病院に赴任

へき地診療所である因尾診療所勤務の後は後期研修を選ばず、中核病院勤務を希望した。
自治医科大学の義務年限もあと3年で終了となり、早く義務を果たして自由になりたかったからである。これまでの経緯を考えると県立三重病院勤務になると予想していたが、県の人事は佐賀関町立病院勤務だった。
佐賀関町立病院は私の一つ後輩で外科を専攻していた足立昌士先生が3年目に自治医科大学卒業生として初めて赴任した病院である。当時外科の指導医もいない、一人外科医として行かされ、中核病院としての装備も整っていない中で、へき地診療所勤務扱いとして赴いた病院であった。
彼は佐賀関町立病院で頑張り、佐賀関町での自治医科大学卒業生の評価を高めていた。専門科こそ違えど、足立先生の後を任されることにやる気と緊張感をもって赴任することとなった。
1986(昭和61)年、当時の佐賀関町は北海部郡だが一つの郡に一つの町だけだった。現在の速見郡日出町と似ているが、結果一郡一町となっているところは、独立で運営するほうが経済的・財政的にも安定しているからなのだろう。

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